さよなら、オパール(2023.3.23)
1day
アンのことを考えれば考えるほど、胸に埋まったオパールは膨らんでいった。
その塊は心臓の下、丁度胸の中央でまるでそこにいるのが当たり前であるかのように居座っていた。
絶えず心臓を圧迫し続けていた。
そんな得体のしれないものだった。
恋と似ているようで何か苦しさを感じるそれをオパールと名付けた。
2day
リョウは伏目がちに言った。
「アンのことが、好きなんだ。」
自分の中で腑に落ちた。そうだろうなとも思っていたし、彼の切り出し方も彼らしかったから、すんなりと飲み込めた。
彼は人差し指の腹で眉を触る。
その長く節の太い彼の指にはシルバー925のリングが光っていて、それが彼の一部として彼の魅力をより一層引き立てている。
彼は、おしゃれでかっこいいのだ。
おまけに頭が切れて、博識である。
今は4人で行動してるけれども、そもそも自習室で勉強していた僕らを彼が誘ったのがきっかけだった。
話す話題が尽きてしまいいつも困ってしまった僕らを引っ張ってくれたのは彼だった。
音楽が好きということとアンがいたということが大きな理由になっていたのかもしれない
だけどそう言われるまで全く気がつかなかった。
だから、中途半端な返事しかできなかった。
「いや、別にヨウには話しておくべきかなって思ってただけで、」
「リンなんて可愛いじゃんか。奥二重で」
「リンは、恋愛に興味ないと思うよ」
控えめに天井を見上げる。
不思議と彼とアンを取り合おうとは思わなかった。
彼が僕の中であまりにも完璧で、僕自身が心酔していたからかもしれない。
だけどこの思いを黙っておくには、肉のない僕の胸はあまりに小さすぎることには気づいていた。
彼はまっすぐ僕を見ていった。
「海に4人で行くのはどうだ?ヨウ、行きたいってずっと言ってたじゃないか」
彼の瞳には裸電球の明かりがうつっていた。
「いいね」
4day
夏のテスト終わりに4人で夕方の海に行く
いつもテスト勉強を一緒にしていた
海の懐かしさを匂いとしてのせる
やっぱりリンは器用
「リンはどうやって告白されたい?」
「わかんない」
大学の友達などいろいろな話をしながら砂丘の終わりまで行く
みんなでスタックした車を見つける
疲れてリンと二人で海を眺める
アンはいつもより楽しそう
フェミニン、子供っぽさの残る、はにかみ笑い
「そういやさっきの車、凄かったね」
疲れているけど、努めて明るく話題を振る
「またみんなで海に行かない?」
リョウとアンが車を取りに行く
「リョウって本当、かっこいいよな」
リンにアンへの好意を言う
「リンは好きな人、いないの?」
察する
5day
次の日の午後に起きる
一人で考える。正直思ってもみなかった
アンのどこが好きだったか
日課のアンの録音を聴く
『海ってこんなに綺麗だったっけ?』
6day
最後の授業
実習
白衣に着られている
僕らはまだ何者でもない
入れれば、安心できると信じていた
せいぜい嫌な夢を見るのが減った程度だ
相変わらずアンは寝ている
7day
準備
曲をかける
マイブラッディバレンタインのウェンユースリープ
この曲を聴きながらアンのことを考えているうちに、パブロフの犬のようになった
いつものようにシーシャ屋でリンと待ち合わせ
リョウはそんなもの吸いたくないと言って来なかった。アンには話したことすらなかった
先に来て本を読んでて何かと聞くと姫野カオルコのコルセット
ニヒルな印象の中に熱がある
はっきりとした物言い
「アン、また落ちちゃうときついよね」
いつも目を見ていっていて今日は違和感
彼女の家の話をする
「ねぇ、僕は恋に恋していただけなのかもしれない」
「よくわかんなくなったんだ」
リンは表情は変わらないけど、口数が減る
「僕は精神的にフラットでいたい。誰かの頼りになりたい」
「私もわかるかも」
エキゾチックなキャップ
ジューシーって言うけれど乾いた煙
アルファーヘル
キツすぎると吸い込んだ途端にむせる
「美しくならなきゃ」
9day
リョウとカフェ
付き合うよう仕向ける
口から勝手に出ていた
水槽のネオンテトラ
「アンのこと、好きなんだろ?」
リョウはイヤリングをいじる
「でもヨウ含めてこの4人は大切に思ってるし、付き合っても俺らは変わらないからな」
「なぁ、いい日があって悪い日があるんじゃなくて、ずっと中途半端な優しさに包まれた日々が続けばいいのにな」
10day
研究棟のソファで
落ち着く
基本的に一日中薄暗い
匂い
なんであんなことを言ったんだろうと考える
リンと付き合おうとしてると気づく
リンに海に行かないかと送る
12day
リンが車を運転する
フィアット500
イタリア車特有のエンジンの振動
上手
「こんなの走ればすぐ上手くなるよ」
リンに海で告白
リンは恥ずかしそうにした
「ねぇ、前はアンのことが好きだって言ってたじゃない?」
潤んでいて宝石のような瞳
涙でコーティングされた宝石のような
それでいて、真の強い
「リョウくんから聞いたんだけど、」
「ならアンと付き合えばいいじゃない!」
「好きなところ言ってみて?」
「私は君の気持ちが中途半端なままなんて嫌なの」
「アンと二人でご飯に行って。たくさん話してよ。それで私にするんだったら、私の好きなところ10個教えてよ」
もっと言葉を慎重に選べばよかった
電気を消したまま、風呂に入る
タイルを足の親指で撫でる
髭剃りの刃を指先に当てる
渡す予定だったネックレスを温める
13〜15day
買い物
どこへ行くにも思案する
映画を見る
心が晴れることのないまま、どうせなら映画のようにすると思う
全部受かってたってラインがくる
大袈裟に、わざとらしいくらいオーバーに返事をしあう
アンに連絡する
16day
アンとイタリアン
慣れない環状線を運転してアクセルを踏み込む
峠のレストランで下には夜景が見えた
風が下の街へと流れていく
丸くて大きい目、二重、ぷっくりとした唇
スプーンを添えてフォークに音を立てないように器用にくるくると巻きつける
「嬉しいんだ、今までこんなに仲良くした子いなかったから」
「好きな音楽は?」
髪を分ける仕草
「80’sのドリーム・ポップ」
「ねぇ、ブラック・オパールって知ってる?」
18day
リョウから告白して、好きだけど考えさせてって言われたとラインで聞く
19day
リン→報告する「ヨウは本当にそれでいいのね?」
変に沈黙が生まれてしまう
「頼られたい同士だし。」
「ねぇ、聞こえてる?」
「ん、ああ。ごめん。聞こえてるよ」
アンは僕の方なんて見てないはずだからな
夢を見る
大体夢というのは行動は起こるが何か話していることは珍しい
リンにネックレスをあげてベッドに押し倒す
胸から吊り下がったオパールを撫でる
軽く身体が痙攣して目が覚める
21day
港、海に行く
前と違ってぎこちない
アンだけが元気
「こんなに人といたこと、初めてなの」
23day
リョウ
グレーのセットアップ
「実はお前の気持ちに気づいていて。ごめん」
指輪をもらう
「リョウみたいにデカくないから、すぐ抜けちゃうよ」
そう思ってチェーン買っといたんだ
彼の熱い手
話すのが気持ちよくなって酔ってしまう
「そう言って解決するなら失恋なんて存在しないさ」
帰り道
「ねぇ、僕らって4人で暮らせると思わない?」
「当事者はLGBTと同じ本人の気質だと言っているけれど、僕は違うと思うんだ」
「ヒトは広い意味でみんなポリアモリーだと思うんだよ」
「全員ポリアモリーになれないだろう?」
「キスくらいできるさ」
彼が押しつけてくる
思いっきり剥がす
「そっ、そんなんじゃあ、な、くてさ!」
(リョウがアンに言う)
飲みすぎた反動か、吐き気がする
酩酊しながらリンの部屋に行く
「ヨウ!どうしたのよ」
「水、もらっていいかい。酔っちゃってどうしようもないんだ」
唾液が止まらない
「なんでこんなにオパールのようなんだろうね」
「オパール?」
砕きたくても砕けないもどかしさ
胸に埋まった禍々しいオパールを取り外したくてたまらなかった
24day
朝廊下で目が覚めて、リンとカフェに行く
「私は強引なのは嫌」
「そういえば、アンとご飯に行ったの」
「ねぇ、まだアンのこと好きなの?」「私のどこが好きか整理はついた?」
「ねぇ、話をしていい?」
「ええ」
「ヨウって変な人ね」
「私と付き合ってよ。後悔させないよ」傾けたグラスを見つめたまま
25〜26day
夢を何度も見る
場所は変わる、タイル、地下
その一つ一つは些細なものだ
加害性について
27day
アンに相談される
「やっぱり付き合うのやめようと思って。私、好きってどういうことかわからないの」
「なんでそういうことを言うの?リョウに何か言われた?」
(リョウがヨウの本心を伝えた)
「リョウって正直いいやつじゃん」
「うん」
「博識で話も面白くて。おまけに気も利く」
「うん」
電話口に擦れる音が聞こえる。髪をいじってるんだろう
「付き合ってしまえばいいじゃない」
恋愛の話をする
リンと夜中に電話
「この前はごめん、」
割れたガラスを拾い集めるように慎重に
「僕のリンへの気持ちは好き、ではないと思うんだ。でも、だからどうした?」
優柔不断だって怒る
「ねぇ、キスはその証明になる?」
少し沈黙があって
「なるわけないじゃない。馬鹿にしないで」
切られる
28day
セミナー関連の提出物で学校に行く
リョウが謝ってきた
「ごめん、」
大学の研究棟
医学書を抱えていた
無精髭
頭の良い
最後にアンとのライン
ありがとう、君と話して踏ん切りがついたの。
暗闇の中でロック画面を見つめている
すぐ消した
『おやすみ』
瞬きが出来なかった
録音を消す
アンとのファーストインプレッション
オパールが出来た原因
29day
4人でシーシャに行く
「俺たち、付き合い始めたんだ」
初めてのことをする、アンのびくついている様子
「アンは、どんなお酒が好きなの?」
「甘いやつ」
リン「でもよかったね。ふたりともお似合い」
いろいろ話す
「頭痛くなっちゃった」
30day
リョウとご飯に行く
「これでしばらく2人でご飯に行くことはないような気がするよ」
・・・
「なんでアンに言ったんだ?」
「胸の中にオパールが埋まってるんだ」
31day
ご飯の約束をすると、意外にも次の日がいいと言った
窓の外の海鳥を見ている
パスタを食べる手が止まる
窓から正面に目を移すとアンはこちらをまっすぐ見つめていた
僕の気持ちを考えてくれていた
おっとりしてるように見えたアンは実は色々考えていた
「私、この4人がどうやったらみんな幸せになれるか考えてたの」
「また、4人が2人ずつになっても、4人でいろんなとこに行こうよ」
「ああ、」
「またね」
車から降りると窓を叩いてきた
開けると満足そうに笑って手を振る
32day
リンを誘う
2000円の花束を買う
前半のデジャヴ
今度は自分の運転で夕方の砂丘に行ってその入り口で止める
リンとぽつりぽつりと話しながら砂丘を越える
リンを砂に押し倒して沈黙
ネックレスをはめてあげようとするけど彼女は嫌がる
「キリッとした目」
「すっと伸びた鼻筋」
汗ばむ首筋を撫でる
「真が強いこと」
彼女の瞳は他の色を知らないかのように黒い光で満ちている
頬にキスをする
彼女の髪をすく
砂が指の隙間を伝う
「でも、こんな僕を受け入れてくれる」
彼女の指が僕の肋骨に触れる
次第にその力は強くなる
彼女の腕は僕の身体に埋まったオパールを砕こうとしている